シニアドクターに訊く

日本医科大学耳鼻咽喉科学教室は全国から多くの医師が集まっています。
そんな先輩たちの声を集めました。

2006年卒 村上亮介医師 | 2002年卒 小町太郎医師 | 1996年卒 木村まき医師1989年卒 横島一彦医師

村上 亮介

村上 亮介(2006年卒)

 私は初期臨床研修終了後、2年間の市中病院での専門研修を経て入局しました。

 現在は大学院に在籍して免疫学教室で指導を受け動物実験で鼻アレルギーにおける自然免疫の関与についての研究を行っています。もちろん、以前は臨床の場で手術に熱中していましたが今は基礎研究に没頭することで将来行う鼻アレルギーの診療に役立つ知識や経験を得たいと考えています。一般の診療を行うに当たって、基礎研究は不要であるとの意見もありますが、診療の質を高め、奥行きを出すに、基礎研究は重要なことだと思います。
 大学院で研究に没頭できるように、基本的には病棟フリーで過ごせるようにしていただいています。同僚の負担を増やしていることはありますが、それは近い将来に返せるように頑張っています。

 当教室では、耳科学、鼻科学・頭頸部外科学をまんべんなく経験することが可能ですし、臨床のみならず、研究を耳鼻科内だけでなく臨床の他の科や基礎教室との連携することが可能になっています。私に続いてくれる人が現れてくれることを期待しています。

 興味のある方は是非見学にいらしてください。

小町 太郎

小町 太郎(2002年卒)

 千葉北総病院で医局長をしています。毎日の外来・病棟に加え、週に2日手術日があり、指導医として入る手術も含めて年間200件以上の手術に携わっています。
 耳鼻咽喉科は、耳、鼻、咽頭、喉頭、頸部の領域を扱い、嗅覚や聴覚、平衡感覚、味覚といった感覚や音声、嚥下などQOLに大きく関わる分野です。さらに、小児から高齢者まで老若男女問わず全ての人が診療の対象となります。そのため、治療方法は多岐にわたりますが、視診だけですぐに診断できる疾患やシンプルな手技も多く、若手のうちから十分に習熟できる処置、手術が多い科でもあります。ただ、シンプルな処置でさえ、声のかけ方や触れ方、器具の操作方法など、ちょっとした工夫から患者さんに負担なく処置できますので、十年以上経験した今でも奥が深いと感じています。
 最近多く治療している鼻副鼻腔疾患では、内視鏡下の手術を積極的に行っています。診療の中で苦痛の少ない処置を心がけているうちに、内視鏡を用いた手技が上達していることも実感できます。さらに、他大学との交流も活用して、患者さんへの侵襲・負担を軽減し、ベストな治療ができるような工夫を重ねています。視力低下や複視、頭痛の治療のために鼻から手術することもあり、いつしか眼窩内や頭蓋底など他領域の手術への一助になれればとも考えています。
 また、それ以外にも、顕微鏡下の耳手術や開口器を用いた咽頭手術、直達鏡下の喉頭手術、さらには専門チームで行われる頭頸部癌手術、嚥下改善手術など様々な手術があり、他の科との連携によって、診療の幅が広がる可能性も秘めています。
 私たちも普段何気なく使っている、耳、鼻、のどだからこそ、患ったときの辛さをより理解して治療してあげたいですね。

木村 まき

木村 まき(1996年卒)

 耳鼻科医になり卒後何年だっけ?と数えたら…もう20年以上!

 年を重ねるとともに、人として医師として相応の成長が出来ているのかどうかは甚だ疑問がありますが、気力体力知力の全てが自信のない私が、子ども三人を育てながらなんとか仕事を続けて来られた理由はなんだろう?と考えてみると、やはり耳鼻科医としての仕事が大好きだからです。
 入局する科を選ぶにあたっては、親が医者ではなかったので、自由に選べました。臨床実習をする頃から、手術が出来ることに憧れるようになり、小さくてもいいのでオペが出来る科を選びたいと考えていました。耳鼻科を選んだ理由は、女医さんたちのキャラクターが活発で明るい人ばかりだったのと、当時の主任教授の「科を選ぶのに正解はない。正解は入ってから自分で見つけるのです。」との言葉に説得力があり、あまりに格好良く印象的だったからです。しかし、数年後に教授に「そう言われて感動して耳鼻科入局を決めた」という話をしたら「そんな事を言ったなんて、僕は全然憶えていないよ。案外、聞いた人間は憶えていても、言った人間は忘れるものだ。」とあっさり返されて愕然としました。

 耳鼻科医として働くことの魅力をアピールさせてもらうのなら、子どもからお年寄りまで患者さんの年齢層が幅広いこと。そして治る病気が多いこと。その場で出来る簡単な処置、例えば鼓膜切開や耳栓状態の耳垢をスポッと取った後に「すっきり聞こえます!」と患者さんに言われると、小さいことでも嬉しくなります。
 一方で、感覚器を扱う難しさや限界もあります。検査で異常が見つからない場合の耳鳴りやめまいなど、「こんなに辛いのに…」と納得できない表情の患者さんに対して、力及ばずの自分の診療を歯痒く思うこともあります。耳鼻科は特に、西洋医学だけではカバー出来ない部分は確実に存在します。そこを補える手札を出来るだけ増やすことが今後の自分の目標です。
 子育てを通して、親の立場の大変さも痛感するようになりました。外来での子どもの診察時は、心の中でいつでもお母さん方に共感しています。小さなお子さんに手術が必要な場合に、親御さんはその決断に迷います。私は、いろんな情報を提示した上で「親ならば手術を迷うのは当然。でも自分が親ならば多分こうします」とお話するようにしています。

 耳鼻咽喉科という学問は本当に奥が深く、年を経るとともにその魅力を感じています。もし、もう一度科を新しく選んでいいと言われたなら、やはり私は耳鼻咽喉科を選択すると思います。一言では言い表せない耳鼻咽喉科の楽しさ・辛さ・面白さを、耳鼻咽喉科の医局員のみならず、学生さん達にも伝えていきたいと思ってます。

横島 一彦

横島 一彦(1989年卒)

 医師になってからすでに四半世紀以上が経ちました。四半世紀と聞くと長い時間に思えますが、あっと言う間でした。さまざまなことに興味を持ち、多くの先輩からご指導をいただき、多くの患者さんには身をもって示していただきました。

 大学を卒業と同時に、私は大学院に進学しました。学生時代には漠然と研究に魅力を感じていたからです。教室のテーマであるマスト細胞についての研究を行い、鼻内で起こっている免疫現象の解明に向けて努力しました。私の課題は鼻・副鼻腔乳頭腫や扁平上皮がんにおけるマスト細胞の分化のメカニズムと役割を究明するものでしたが、最終的により興味を持ったのはその検体であった腫瘍自体であり、 “自分には研究ではなくて臨床だ。”  “免疫学でなくOncologyだ。”と考えるようになりました。
 大学院を卒業してからは、今までずっと頭頸部腫瘍の世界に没頭しています。はじめは何と言ってもがんを征服する手術に興味を持っていました。その当時の頭頸部がん治療は、拡大切除と遊離組織移植による頭頸部再建術が主でしたので、手術技術を修得するために懸命になりました。手術前の計画通りに終えることができると、満足感に浸ることができました。しかし、今考えると、患者さんの悩みやQOL低下にはあまり思いが至っていなかったようにも思います。
 徐々に治療の責任者になる機会が増え、患者さんやその家族と治療方針について話す機会が増えるにつれて考えるようになったのは、患者さんには恐怖に怯えている人もいれば、治療を具体的に実感できていないような人もいるということでした。患者さんの気持ちを受け止めて、より良い生き方や亡くなり方を考えるには医師の人間的な大きさが必要ということです。苦痛に満ちた訴えに耳を傾けることで、患者さんにとって命をかけたがん治療という戦いに関われる喜びを感じながら、自分自身を磨く毎日を送っています。

 耳鼻科医を目指したいとお考えの若き皆さんには、自分が一生懸命になれる道を探してほしいと考えています。日本医科大学耳鼻咽喉科は、その興味の対象にあふれた教室であると思います。どうぞ門をたたいてみてください。

日本医科大学 耳鼻咽喉科学教室 〒113-8603 東京都文京区千駄木1-1-5 TEL:03-3822-2131(代表)